相続の話3

続きですけど

現金が残って
そのまま、仮に父が亡くなってしまったら
法定相続分で財産を分けることになるんですよね。

それは、、、ですね、、、
あまり、、、よろしくないわけで、、、笑

まあ、細かいこと言わなくても
お察しはつくと思いますが。。。

親と暮らしているのは

この、あたくしで

この先も、今の状況のままだと

この、あたくしが

関わっていくわけで

それで、兄弟で均等に分けられたら

この、あたくし

やっていけないわけで 笑

まあ、そういう話も
私の兄は、割と理解がある方だと思うので
ちゃんと話せばいいのだろうけど。。。

父がそれをきっちりやってくれれば
問題は起きないはずで。

が、本人(父や母)は
それほど危機感がないんすよね。

という感じ。
あー殴り書き 笑

ガンバルンバ。

言葉で表現する

気持ちを言葉にするって

は・ず・か・し・い 

と思いませんか?

あとは

め・ん・ど・く・さ・い 

と感じる時ないですか?

特に親に対しては
そう思うことが
私は大いにある。

同居を始めて
一年8ヶ月。

ここらあたりで
かなり親の変化がありまして。

それは、なんだろうと
振り返るわけです。

その一つは
確実に

言葉で気持ちを伝える。

明日に続く!!

絶対、明日書くからね 笑

親孝行なんて

今日、電車に乗ってる時
ふと、思ったのだよぉ。

親孝行なんて

後悔するくらいが
丁度いいんじゃないかぁ!?

今、親孝行しているという感覚は
あまりないけど
まあ、親と一緒に暮らしてみて
思うことは

親の介護とか
老後のことや
まあ、一般的な親孝行って

やってもやっても
もっとあーしてあげればよかった
あんなこともしてあげられたのに

とか

絶対、やってもやっても
満足なんてできないから。

それに

あんなこともやってあげればよかったとか
そういう風に思えてる人は
十分に親の事を考えてあげてる人
じゃないのかな。。。

なんて、自分を慰めるぅぅぅぅ。

父とは暮らせない

もし、母が先に死んだら
父とは暮らせない。

果てしなく、果てしなく
勝手に不安を作りだし
いつも孤独に苛まれている。

そんな人とは
暮らせない。

私は父と似ている。

だから、手に取るようにわかるよ。

だからこそ
そんな父を見ていると
たまらなくしんどい。

私は、不安を少しでも
希望に変えて
前に進んでいきたいだけだ。

それとも

私が勝手に父は「そういう人」って
決めつけてるだけなのか。

もう、どっちだっていいよ。

知らん。

内容、重っ 笑

心、閉鎖してましたー

この2週間近く
心にシャッター降ろしてましたよ。

引きこもりになってたとか
拗ねてたとか
落ち込んで気持ちが暗くなっていたとか

そういうことではなくて

親の事柄に対してですぅ。

歌のライブの練習、準備
他の仕事も立て込んでいて

それ以外の、余計な心配事や
不安要素になることを

シャットアウトーーーーーー!!!!

してました。。。

別に親と口聞かないとか
避けていたとか

でもないです。

割り切ること!!

これは、訓練かもしれない。

でも、難しい。。。

頑張るんば。

家族はいらない?!

これからは
「家族」という概念が
邪魔になるのでは?!

という感覚がひしひしと感じますわよ。

少々言い方が乱暴だけど
家族とか、夫婦とか、親子の問題って
オープンになりづらいっしょ?

やがて孤立へと繋がっていく。

私が親と同居したのも
結局は、二人が孤立していたからで。
(同居してもあまり変わらないけど 笑)

これから高齢化が進み
少子化も激しくなり
人手不足も進む。

ロボットが進んできて
そこをカバーできることも増えると思うけど

根本的には、家族以外の人たちと
いかに関わっていけるか。

そこが変わっていかないと
苦しいよー。

オープンにならないなら
そこの枠組みを取っ払ってしまえ〜!!!!

と、頭では思っていても
それを行動にしたり
形にするのは
難しいよな。

でも、意識するだけで違うはずぅ。

ガンバルンバ。

そばにいること

母は、呼吸器系が悪いため
急に動いたり
歩いたりすると
息が上がってしまう。

そのため
どうして背中が張って
肩で息をしちゃうから
方も凝るし。

別々に暮らしていた頃
実家に帰った時には
毎晩、肩や背中をさすってあげた。

東京に戻る時
いつでもそれをやってあげれたら
いいのになと

東京に戻る日
いつも思っていた。

東京で売れない役者を続け
東京に戻る大した理由もないくせに

情けなくて、辛かった。

その時のことを思うと
今、同居を始めて
いろいろそれはそれで大変だけど

やっぱり

一緒にいることに勝ることはないのかも。

なんて、ふと、思ったっす。

ガンバルンバ。

看病される側の気持ち

昨日の続きじゃないけど
家族だけで頑張ろうとするから
うまくいかないことがあるだけで

親を病院に連れてったり
いろいろ手がかかること自体は
当たり前のこと。

でも、親とか看病される側
介護になると介護される側は

申し訳ない
面倒かける

など、悪いな〜という気持ちになる。

私も、時々、私ばかりが大変な思いをして
これからどうしようとか
マイナスな気持ちになることがある。

でも、昨日思ったんだよぉ。

これが時々、誰かがしてくれて
私も自由な時間が増えたとしたら
同じ行為でも新鮮に思えたり
母と過ごす時間が楽しくなってきたり
母自身も、素直にありがとうって気持ちに
変わってくるような気がするよ。

そんなことを思ったっす。

ガンバルンバ。

他人に頼る

こんないいニュース記事を見つけた。

「一つ屋根の下、、、高齢者と大学生が暮らす?」
https://videotopics.yahoo.co.jp/video/news24/274560?line=1

高齢者の住宅の空いた部屋を、大学生に安く貸し出し互いに助け合いながら共生していく取り組みだという。さらに学生は地域の行事へも参加。この仕組みが地域交流にもつながっていく。(yahoo映像トピックス)

これからは、絶対に
「家族で解決しようとしない」

この考え方が大事になってくると思うなぁ。

今日は
朝から母を病院に連れて行き
帰りに買い物をし
いつもなら、どうってことないんだけど、

私がいなかったら
この両親は、どうやって生活するのか
私がいるから安心という生活は
いいのか、悪いのか。。。

なんてことを考えながら
今日1日を過ごしたもんだから
なんだかクタクタでやんす。

ガンバルンバだよん。

どうせ後悔する

昨日、ふと思ったんだけどぉ。

しんどいことって
時間が過ぎて
過去になると

「あの時は、楽しかったよね」
「今思えば、幸せだったよね」

とか、思うんだよね、きっと。

だったら
本当に
楽しみたいし
幸せだなーと
思いながら
過ごしたいものだぁ。

がんばるば。